イギリス北東部、ニューカッスルに本社と工場を構えるトレッキングポールブランド「Mountain King」
広大なフットパスが網の目のように広がるイギリス。その文化を肌で感じたのち、わたしはこの地で生まれたブランドが、なぜ今も”Made in UK”にこだわり続けるのかを知るため、創業者サイモン・キングを訪ねてニューカッスルへ向かった。
イングランド北東部、スコットランドとの境に近い場所に位置するニューカッスルは、北海に注ぐタイン川の河口に築かれた港町。古くから石炭の積出港として栄え、産業革命以降は造船や鉄鋼業を中心に発展した工業都市でもある。その起源はローマ帝国時代にさかのぼり、当時築かれた要塞「ハドリアヌスの長城(Hadrian’s Wall)」は現在も街の北西部に痕跡を残す。街の外縁にはノーサンバーランド国立公園が広がり、そこを貫く全長135kmの「ハドリアンズ・ウォール・パス」は、歴史と自然を味わえるフットパスとして人気を集めている。

彼の提案で、「Hadrian’s Wall(ハドリアヌスの長城)」の最も有名な場所を見にいくことから始まった。緊張気味のお互いにとって、共通点である「山歩き」は良いアイスブレイクだ。わたしは少ない語彙力をなんとか駆使しつつ、目を見てサイモンと話す。ほんの少しの距離と時間ながら、歩きつつ語られた彼のものづくり哲学と、クラフトマンとしての矜持を感じた。ニューカッスルという土地で育まれた道具には、歩くことを生活に根付かせた文化と、それを裏打ちする技術が詰まっていた。
インタビューは2日に渡り、彼から丁寧に語られるMountain Kingのストーリーに耳を傾けた。

サイモンの足跡とMountain Kingが生まれるまで
Mountain Kingを始める以前、サイモン・キングはロンドンで会計士としてキャリアを積んでいた。大手アメリカ企業で8年間働いていたという。サイモンはもともとニューカッスルの出身だ。都会の喧騒から離れ、家族と過ごす場所として故郷を選んだ。
ーなぜロンドンを離れてニューカッスルを選んだのですか?
「ロンドンは大都市で、仕事はたくさんありますが、家庭を築いたり定住するには適していないと感じました。パートナーであり、ハリーの母親がノーサンバーランド出身で、私たちはほぼ毎週末そこへ足を運んでいました。子育てをするには、ロンドンよりずっといい環境だったんです」
ーなぜ会計の道から転じて、トレッキングポールブランドを起業したのですか?
「まだ誰も手をつけていない分野で、需要があって、自分にもチャンスがあると感じられるものを探していました。30年前の当時は、世界的にも本格的なトレッキングポールを作っているところはほとんどなく、市場は立ち上がったばかりの段階でした。イギリス国内で誰も手がけていないこの製品を、自分が作れるかもしれないと思ったんです」
ー当時からハイキングは好きでしたか?
「Mountain Kingを始める前は、よくハイキングをしていました。ノーサンバーランドや湖水地方、スイスやフランスでも、頻繁に歩いていました。ツール・ド・モンブランもテントや食料を全て持って、2回踏破しました。うち1回はまだ幼いハリーも一緒でした。どちらもキャンプで大変でしたが、楽しい思い出です。ただ、Mountain Kingを立ち上げてからは仕事が忙しくなり、自由に歩ける時間が減ってしまいました」

MADE IN UKにこだわる理由
創業30年、現在Mountain Kingは海外の工場へ製造を委託するのではなく、自社工場での生産を貫いている。これは意外と知られていないことで、そしてトレッキングポールブランドとしては稀有な存在でもある。彼は、自分の名を冠するからこそ、最高の品質を追い求めるのだという。
ー商品開発で大切にしていることは?
「まず、ニーズがなくてはなりません。つまり、人々が本当に“買いたい”、“使いたい”と思う商品であること。誰も興味を持たないものを作っても意味がありません。それが第一条件です。そして次に、私たちの考えですが、作るからには“世界最高の商品”を目指すべきだと思っています。安価な大量生産品ではなく、少量でもユーザーが求める長く使える高品質な商品を作りたい。それは商品に私の名前——Kingという名前がついているからこそ、絶対に品質で妥協はしたくないのです」
ー商品はどこで、どのようにテストしているのですか?
「まずは工場内で、各パーツやカーボンチューブの品質を確認し、満足がいくものだけを選びます。そのうえで、今朝のように実際に外に持ち出して使ってみるんです。私とハリーが実際に使って、どんな感触かを確認します。また、アスリートにもテストしてもらい、使用感やフィードバックを受けています」
ー製造の中で最も難しい点は?
「“軽さと強さのバランス”ですね。そこにコストと品質管理も加わると、さらに難しくなる。すべての工程で基準を維持することが重要です。どんな工場でも、気づかないうちに基準が少しずつズレてしまい、結果として望んでいない商品が出来上がってしまう。それを防ぐには、常に注意深く管理しなければなりません」
ーなぜイギリス製・自社工場にこだわるのですか?
「自分たちの工場であれば、自分たちの意図したとおりに製造できます。もしコストを削減できるからといって、例えばアジアの工場で作っていたら、“こうしてほしい”と伝えても、その通りに作ってもらえるとは限りません。何がどう仕上がってきたか、確認すら難しいのです。でも、自社工場であれば何が起きているかを把握し、納得がいかなければ即座に変更できます。品質は完全に私たちの管理下にある。たとえばカーボンファイバーに納得できなければ、すぐに新しい仕様に変えられます。実際、私たちは常に少しずつ細かく改良を加えています。気づいていないかもしれませんが、毎回ポールを少しずつ進化させて送っているんです。これを外注していたら、こんなスピードで対応はできません。私は1996年にこの仕事を始めた当初、パーツごとに外注していました。しかしミスが頻発し、品質管理に苦労しました。だからこそ、“できることはすべて自社で行う”という方針に切り替えたんです」

ー競合他社は海外(アジア)生産が多いようにも感じます
「確かにそうですね。私たちも中国での製造という選択肢もあったかもしれません。しかし、それを選ばなかった。イギリス国内で全てを生産する、と最初から決めていました。品質トラブルが起きたらどうするのか?私たちなら、その場ですぐに対応できます。でも海外生産ではそれができない。品質問題が発生する事は避けられない、だがそれは私たちが最も避けたいことなのです。品質への信頼がブランドの命です。長いスパンで考えれば、コストがもっと高くなりかねない上に、信頼を失っては意味がありません」

ーMountain Kingのスタッフは何人ですか?
「6人です。6人のスタッフと機械だけで、製造から梱包、出荷、販売まですべての工程を行っています。アルミチューブは外部ですが、高品質なアルミ素材を信頼できる工場から調達しています。その工場は残念ながらイギリスではないのですが、私たちが求める合金はイギリスでは製造されていないのです。非常に硬く、国内生産が不可能なため、海外から長尺チューブの状態で仕入れ、自社工場で切断し、研磨、陽極酸化、カラーリング、印刷まで施します。できる限り自社内で完結させるのが方針です」
ーニューカッスルの工場立地としての利点は?
「正直言うと製造拠点として最適な場所とは言えません。イギリスの製造技術は中国や他地域に移ってしまいましたし、ニューカッスルはかつて造船で有名でしたが、それは70〜80年前に終わったことです。今この地域にある産業は、私たちが必要としている種類のものとは違います。私たちが必要なのは、小さな部品を作ることに長けた技術者です。例えば、バーミンガムの方がはるかにエンジニアリングに優れていて、製造に適した都市だと思います。車で3時間程度の距離なので、中国のように遠くはないですよね。確かに技術者の数はバーミンガムの方が多いです。仮にバーミンガムで作ったとしても、ニューカッスルの方がもっと良いと言われるかもしれません。でも、私はニューカッスル出身。ここで作り続けたいと思っているんです。」

2025年、新たな挑戦。Race DayとEdgeの開発秘話
2025年秋、Mountain Kingは新たに2つの製品を世に送り出す。「Race Day」と「Edge」。どちらも彼らが「自信を持って届けられる」と語るモデルであり、独自開発と試作を何度も繰り返して誕生した。新製品の魅力とは何か?サイモンに詳しく聞いてみた。
ーRace Dayモデルは、なぜより強いのでしょうか?
「今までのモデルよりも素材そのものがもっと硬いんです。加工前のシートの状態でも剛性があり、曲がりにくい。厚みも違いますし、何よりカーボンの種類と、チューブにカーボンを巻きつける方法が大きく関係しています。つまり“生産のやり方”が違いを生むんです。私たちはすべて、日本製の東レカーボンファイバーを使っています。非常に高品質で、いや、最高品質といってもいい。軽量でありながら、非常に強いチューブが作れるんです。」

ー従来のUltraモデルとはどう違うのでしょうか?
「Race DayはUltraの進化版と言えますね。ポール1本あたり3〜4グラム重くはなっていますが、剛性は30%向上しています。これは使ってみると大きな違いになります。」
ーRace Dayに採用された新しいストラップには、どんな工夫がありますか?
「ライクラ素材を使っています。手に触れたときに少しひんやり感じて、以前よりも軽くなっています。見た目もより魅力的になったと思います。」
ーEdgeには、なぜ新たにパワーストラップを追加したのでしょう?
「お客様から『これにパワーストラップを付けられますか?』という声をいただいたのがきっかけです。同時に、より現代的なデザインで、Trail Blazeにも適合するものにしたかった。折りたたみやすく、操作性が高く、しかもMountain Kingらしさを持つこと。そのすべてを満たすために、金型も自社で用意して時間をかけて開発しました。シンプルで、効果的。快適に使ってもらえると自信を持っています。」
ーEdgeは初心者向け?それとも上級者向けですか?
「車と同じですよ。誰だってポルシェやベンツを買えるけれど、必ずしもレーシングドライバーである必要はない。初心者でもベテランでも、好きな車を買って運転できますよね?それと同じで、Edgeが快適で、自分に合っていると感じるなら、誰が使っても問題ありません。最初はアルミ製から始めてもいいですが、選ぶのは本人次第です。」
ーつまり、Edgeはすべてのランナーやハイカー向けの製品ということですね?
「その通りです。走るときも、歩くときも、グリップをリラックスさせることが大事です。きつく握りしめていると、特定の筋肉に負担がかかります。Edgeグリップとストラップは、力を抜いて快適に使えるように設計されています。現在は、Edgeグリップをカーボンシャフトに装着することで、使用感が大きく変わるようにしています。このパワーグリップはRace Dayに装着したEdgeから開始します。今後は他のシャフトにも対応したバリエーションを展開していく予定です」

ー長さ100cmと105cmのサイズ展開についても教えてください。
「これはマウンテンキングジャパンのリクエストで生まれました。もともとはアジア市場向けに作ったもので、イギリスでは販売していませんでした。でも、今年から本国でも販売を始めたら意外と人気で、今では誰でも選べるオプションになりつつあります。」
ー日本のモデルに採用されている「Neoシステム」についても教えてください。
「(短いサイズの展開と同様に)マッシュルームキャップをポール先端に差し込む『Neoシステム』もまた、日本からのリクエストで生まれたものです。コードが手に当たるのが嫌だという声に応えて開発しました。これまでは日本のみで採用していたシステムですが、イギリスでも約1か月前から採用しました。シャフトに接着されている部分があるので構造変更は簡単ではありませんでしたが、公式サイトでは通常のコードかNeoかを選べるようになっています」

おすすめのフィールドと日本について
サイモンが拠点を構えるニューカッスル。ノーサンバーランド国立公園のすぐそばにあるニューカッスルでもの作りを続けるサイモンに、もしニューカッスルを訪ねるなら? とおすすめのフィールドを聞いた。
ー好きなフィールドは?
「チェビオット丘陵(Cheviot Hills)が好きですね。ダービーシャーから北へ連なるペナイン山脈の最北端にあたる場所で、ハイキングにもランニングにも最適なエリアです。キールダー・フォレスト(Kielder Forest)という森も近くにあって、そこもお気に入り。うちの工場からは車で16キロほどの距離なんです。湖水地方(Lake District)も美しい地域でハイキングには最高ですよ」

ー日本の山に興味はありますか?
「日本にはまだ行ったことがありません。でも山にはとても興味があります。テレビで日本の山の美しい景色を見たことがありますよ。日本に行くなら京都にも行ってみたいですね」
ー日本のユーザーにメッセージをお願いします
「まず、日本の皆さんが私たちのブランドを支持し、製品を愛用してくださっていることに心から感謝しています。ランナーやハイカーの皆さんとの関係は、私たちにとってとても大切なもの。これからもこの関係を育てて、もっと強く、広くして展開していけたらいいなと願っています」

トレッキングポールひと筋に、誠実で実直なものづくりを続けるMountain King。その背景には、創業者サイモン・キングの人柄と、自然を愛する視点がしっかりと息づいていた。大量生産ではなく、時間と手間を惜しまぬクラフトマンシップこそが、世界中のアウトドア愛好者を惹きつける理由なのかもしれない。
文:中島英摩(なかじまえま) ライター
趣味が高じてライターとなり、登山やトレイルランニングなどアウトドアアクティビティ、スポーツを中心に取材、執筆を行っている。トレイルランニングレースへの出走のほか、国内外の縦走路やロングトレイルを歩く。
